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2013年9月16日 (月)

ある方のご意見

 「様々な市民活動があり、有名な講師を呼んで来て話を聞くということがよく行われる。それもいいかもしれないが、「ああ、いい話だったね」だけで終わってしまっては、何も変わらないしあまり発展性がないと思う。
 政治にもいろいろな形で関わってきたが、既成の政治はまったく信用できない。
 市民が中心になって一つの政治勢力を作り継続的に活動していくことが大切である。そして市民が主体となって政治家を生み出し、政治を変えていく必要がある。」
 ある会員の方のご意見である。
 同感である。個別の課題に対して市民の意思を示し行動する、そのための勉強会を開くなどの市民活動ももちろん大切なことであるが、実際に社会を動かすためには、さらに一歩進めて、市民自らが横断的な政治集団を作り、政治に直接参加することがどうしても必要である。
 近くお会いして、今後の活動のあり方などについて、じっくり語り合いたいと思う。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

英米人の考えは、人によりさまざまである。
物事に関する考えの筋が大切である。
その論旨をキリストが語ろうが、タヌキが話そうが、筋の出所は彼らにとってあまり気にならないようである。
「話が、現実離れしていて、信じられない」ということはない。
論者には、まず論旨を明らかにしてもらって、それから話全体に入ってもらう。

日本人は、話の内容が実際にあるかどうかが問題である。
実際にはない内容を考えても役に立たないと考えている。
日常活動の報告も、既成事実の追認のようなものになっている。
話の筋は、さして問題とはならない。考えの筋を展開することも難しい。疑問ばかりが湧いてきて、聞いていて空しい。

我が国では、高校生にがり勉はさせても、哲学の授業はない。
そのまま放っておけば、12歳の大人が出来上がる。
愚鈍の参謀の下では、将兵には玉砕の道しか開かれていない。
誰が言ったかの問題ではない。話の筋の有無の問題である。
耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ掛け声ばかりでは、12歳の大人を救うことはできない。
我々日本人は、頭を鍛えておこう。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2013年9月17日 (火) 00時24分

政治が信用出来ないでは変わらない

社会の実態を生き生きを見れなければならない

市民による政治

も耳障りが良いが、政治と経済と精神活動を分けないと駄目だろう。
社会を命あるもととして見直せないと健全に出来ないだろう

労働力を商品と同列に並べて健全になるとは思えない。
視点が違うと思う

政治を信用しないのではなく、政治が生き生きと自らの領域を主張出来るように変えていくことだろう。
経済と政治が一体化しているので、どちらも老朽化している。
教育もしかり

投稿: 名無し | 2013年9月19日 (木) 17時54分

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