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2013年5月19日 (日)

元軍国少女のお話

 「政策を持とう個人演説会」(第3回)で、周防大島町の女性から、戦前・戦後にかけてのご経験をお聞きした。
 「こうして軍国少女に」というお話が特に興味深かったので、いくつか紹介する。
「小さい時から、教育により自然に軍国少女になっていった。
 小学前から、軍国の歌を歌っていた。(いくつか歌詞を披露されたが、正確な記憶に驚かされた。)
 「欲しがりません勝つまでは」というスローガンで、質素な生活だった。梅干しやごま塩で食事をし、いつもお腹がすいていた。女学校でたまに出される小さなジャガイモのおやつがこんなに美味しいものかと思った。飢えたら、何でも食べられる。
 勤労奉仕として農家に泊まり込みでお手伝いに行ったときには、帰れば食べられないと思い、麦飯を5杯も食べた。
 神国日本だからいざとなれば必ず神風が吹くと信じていた。空襲でまちが焼け野原になったのを見たときはこれで勝つのかと疑問に思ったこともあったが、それでも、神の国だから負けるはずがないと信じていた。
 大きなダイヤの指輪を供出しなければ非国民になると言って子どもながらに母を叱ったことも。
 21歳になり赤紙が来れば否応なく徴兵され戦地に行くことになるが、中には対象名簿から名前が意図的に削除され徴兵を免れる例もあった。
 大島の田舎でもどこでも空襲があり、亡くなった先生もあった。
 極寒の地で戦う兵隊さんに申し訳ないと思って、一冬靴下をはかなかったので凍傷になった」

 子供たちにこそ聞かせたいお話であった。

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コメント

こういう経験のある方の話がだんだんと聞けなくなって来ていますね!!早く伝承して行かなくては。この記事もシェアさせて下さい。

投稿: 猪谷 善久 | 2013年5月20日 (月) 02時35分

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