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2011年2月28日 (月)

不在者投票

 
 県議選を間近に控えて、「岩国を守る会“風”」から、山口県と岩国市の選挙管理委員会に対して、「不在者

投票の公正な実施について要請が行われた(詳細は別添の通り「0211.doc」をダウンロード )。
 先の参議院選挙の際に、全国各地で不在者投票に関する不正が行われたことから、その厳正な実施を求めるも

の。
 

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

平木貫『朝鮮社会文化史研究』S62
 1886まで世襲の奴隷身分があったこと。

『横浜開港資料館紀要 第14号』H8-3pub.所収・中武香奈美「幕末の横浜駐屯フランス陸軍部隊」
 横浜駐留フランス軍の正体は、アフリカの犯罪者を集めた懲治隊だった。

投稿: 失礼します。 | 2011年3月 1日 (火) 03時06分

国家は何のためにあり
政治は何のためにあるねか

この意義はそこに居る多くの民の意志に左右されるだけで
一部の人間では左右出来ない

これが真理だと思う
だから情報操作で世論を攪乱する

が、事実は頑として動かず

今日このとき
ビキニ沖で大五福竜丸がアメリカの水爆実験に会い被爆した
どんな言い訳も通用しない
そこを航海した方が悪い!豚野郎の言い分

『鶴をください』のある青年がこれにかけ、仕事をやめアルバイトしながらこれの時間をつくると言った
私は「仕事を止める事は無い。自分の生活を守ってやらないと最後までやり遂げれないよ」と言ったが、次に会ったときは止めていた。
「申し訳無い」と言う

彼に焼津の会合に誘われた
今やっているだろう

私は昨日と今日の2日を何故それに掛けれなかったのだろう

行くべきだったと思っている

自他の区別を無くす
この遠いゴールには自分以外の世界で光ある意志が溢れるところを経験すべきだ

端から見ている人で彼等を「暗い」とかなんとか見ている方々が居るかも
しかし彼等は光あり

大体日米地位協定については次の言葉で一刀両断出来る
「何故我が国に原爆を二度も投下し、多くの命を奪って、謝罪のひとつも行わない国に守って貰わないといけないのだ」
端っから嘘八百の条約だ!

つくづく、講和条約における米軍撤退期限を破った者は糞野郎!
特に日本側は売国奴以外ない
私はひとりの今は亡くなった高貴な方の名前を挙げたい
自分の戦争責任を問われるのが嫌で国をアメリカに売った!
名前は名言しないが、死してその罪を負ってるはずだ
神ではないわけだから

あのとき、国際社会は米軍以外は撤退に賛成だった
だってそうでしょう
原爆投下した国が占領している
これを認めたら、国際社会は戦争と略奪の上には人の命は只なもの。国益のためには多数の命は蟻と同じ。これを認める事になる。

この不条理の上に大和の経済上の発展があった。が、これは後進国から権利を搾取する理による発展であった。

そうでない理念もあった。
しかし、それは上記の理の下にしかなかった。

今、大和国は狼狽えているが、視点が誤っているから。
大和という文字が何をすべきかを物語っている

投稿: ピース | 2011年3月 1日 (火) 04時51分

この標題に驚くでしょう 眉をひそめるでしょう もう読まないかな?
それでも結構
私は私の自我より
この点から物事考えないと発狂してしまう

以下に論じるのは『自然崇拝の重要性』『人間性とは何で何故見失う人が現れたかった』『最後の審判とは何か』
この三段活用である

【第一章】
まず自然は目に映るものだけでは非ず
大自然には精霊がついている
人間は自然崇拝によりこの精霊と繋がり人間の本質を享受出来る
しかし現代、自然破壊環境破壊によりこれらの精霊は押し込められてしまう。自分達の宿り場所が狭くなったり、無くしたりしてしまった。
これらの精霊の中には怒りを持つものも居るだろう
【第二章】
この精霊から離れて暮らすようになった人間はその自我を確立するのは困難になった。自我は自他の区別から始まる。他に自然=精霊の尊さが無くなれば、人間は物質としか認識出来なくなっていく。
現時点で人間の尊厳を感じれる方々は知らず知らずの内に多大な努力をしている。後何世代か経つと殆ど無くなるであろう。
生というものを正しく理解するためには時間と金をかけて登山したりハイキングしたり、これらの一時的な所業で理解出来るか!
私が朝コメントした内容の重要性も物質化した人間にはチンプンカンプン!
モンスターとは闘ってはいけない。食われるとそのばい菌が移る。
因って如何なる社会を良くしようとする運動は『自然崇拝』を第一のゴールにしなければ全く意味を為さない
【第三章】
最後の審判とは「人間が自然破壊により追いやった精霊の居場所を復興するため、自然復興の二十世紀のルネッサンスを誓えるかどうか」である。
ここまで破壊されてしまったものを急には復旧出来ない。
しかし、精霊は霊体で霊気を食らう。誠の誓いなら精霊の怒りはおさまる。
問題は誰が如何様に誓いをたてるかである。
個人ではない、民意である。総体の意志しか方法はない。

以下を論じ、私を鑑み、もう一度個人宗教家としての本分を見直そうと思うのである。

あ~吐いたらスッキリ
んじゃ~ バイバイ

投稿: 最後の審判 | 2011年3月 1日 (火) 17時43分

ひとつ書き漏らした

仏語で『全てはまん丸』と有るがその通り
真理の基に思考を巡らせば、全てが丸く治まる方法はある
人間も自然も精霊もその役割を全うすればよい

が、人間は『ちえの実』を食らってから真理から程遠いところに思考を巡らせるようになった

私はひとりでもこの難問にぶち当たろう
どうやって???

投稿: 新 個人宗教家 | 2011年3月 1日 (火) 18時14分

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