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2010年9月22日 (水)

品格と良識

 次のような話が聞こえてきた。
「美和町の敬老会に出席した岩国市長が、特定の市会議員候補予定者を名指しして、嘘つきだと吹聴して回った。」
 にわかには信じられない異常な行為であり、事実とすれば、重大な問題である。
 第1に、市長が公務中に特定の市民を誹謗中傷するなど、市民の代表としてあるまじき行為である。名誉棄損にもなりかねない。
 第2に、岩国市議会議員の選挙が1ヶ月後に迫るという状況で、不特定多数の人にその候補者となり得る人の悪口を言うことは、露骨な選挙妨害、公職選挙法違反になるのではないか。
 以前にも、衆議院選挙の際、勤務時間中に一方の候補者の選挙カーに乗り応援演説をして回り多くの市民のひんしゅくを買ったことがあったが、選挙のためなら手段を選ばないというのでは、いかにも品がない。
 市民全体の代表として、良識ある行動が求められる。

 選挙は、国民、市民が、主権者としての意思を表示し政治をつくる基盤となり、民主主義の出発点になるものである。政治・行政は、選挙の公正が確保され、一人ひとりの市民の投票の自由が保障されるよう最大限の努力をすべきであり、その権力や税金を使って市民の意思をねじ曲げるなど到底許されないことである。
 市民の意思(民意)は、ねじ曲げるものではなく、尊重するもの。

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コメント

えげつない話である

人は主義主張は自由に持て、他人がどう思おうが、これが一番大切なので、どう思われようが結構という気持ちで以下に記そう

その根源は信仰のなさである
ひとりひとりの中に聖なるものは眠っている。それが目覚め、他のそういうものと共鳴出来る状態になり始めて信仰の第一歩に入ったと言える
そうなると誰もが自分を裏切れないからモラルは良くなる
いや!モラルと言う言葉さえ意味が無くなる。
他の聖なるものと共鳴することで自分の中の歪なものも無くなっていくだろう
私はこれを極めようと思う
何故ならそれが極上の果実だと確信しているからだ
遠回りのようで近道だと思うのである
自身の中に誰もが聖なるものを持ってい、眠っているだけなのだ

投稿: ピース | 2010年9月23日 (木) 22時39分

私は前回の市長選挙で福田氏の街頭演説を通りがかりに3回聞いた。動員はしっかりされていた。
しかし、1度も「艦載機移駐」「米軍再編」などについて「か」の字も「べ」の字も1度も出なかった。知識がないのかと疑った。選挙の争点を知らないのかと疑問を持った。いや、有権者を馬鹿にしていると思った。
当選したら推測したとおり自民党の思うがままに行動し、欲しくもない民空、最悪は米軍住宅誘致へと進んでいる。今は民主党に協力したくないような口ぶりでなんだかんだと、知事と同じように辻褄の合わない発言をしているが、腹のうちは見え透いている。
こんな人だから市長という公人として「候補予定者への誹謗」はいけない、ということが分からないのだ、と思う。なさけない。

投稿: 清流 | 2010年9月24日 (金) 09時13分

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